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ちょっとやそっとのことじゃ気分が落ち込まない自分になる練習

何かを失ったり、辛い思いをしたり、苦しさの中にいると、どうしても気持ちが落ち込んでしまうことがあると思うんです。

私もよくそういうことがありました。何か嫌なことがあると、もう気分も落ち込んでしまって。

1つ1つはそれほど大したことではなくても、少なくとも他人が見たらそう見えても、本人にとってはそうは思えないことがあると思うんです。

でもそれは、私の場合は、その物事を1つの方向からしか見ていなかったからだと・・思うんです。

物事の反対側を見る練習

物事には必ず表があれば裏もあるものだと思います。苦しかったり、落ち込んでいる時はその殆どのケースでその物事のマイナスな面だけを見ているのだと思うんです。

例えば、劣等感を感じている時などはまさにこのパターンだと思うんです。

友達が多い友人を見て、嫉妬してしまう・・・友人が少ない自分を思って劣等感を感じてしまったとします。

そんな時は、友達が多いというそのプラスの部分しか見えていなくて、そしてそれを自分が持っていないから負けたような気持ちになってしまいます。

でも、友達が多いということにも必ずマイナスの面というか、裏の部分もあります。表の部分が友達が大勢いて楽しい、色々な人と話ができる・・・ということでした。

でも裏も勿論あって、友達が多いということはそれだけ一人一人との付き合いも浅くなる・・・ということです。時間は限られていますから、表面だけの付き合いになってしまうこともあります。

そこに孤独感を感じてしまう方もいらっしゃいます。

また、付き合う人数が多くなってくると、それだけ人間関係のトラブルも増えてきます。

それがわかると、そもそも嫉妬なんてする必要もなかったんだ・・・と思えてくるかもしれません。

同じように自分が今苦しんでいることがあったとすれば、その反対に何があるのだろうか?と考えてみることだと思うんです。

それはもう練習みたいなもので、できないこともあるかもしれませんが、それも練習です。悩んだり、苦しんだ時には、「あっ今、練習する時なんだな」と思って、その物事の反対側を見ようとしてみます。

それは必ずあります。見つけようと思えば、必ず見つかります。それを習慣にしてゆくと、ちょっとやそっとのことじゃ、落ち込まない自分になれると思うんです。

人には言えないような辛いことさえも・・

中には人には言えないようなそんな辛い経験をされた方もいらっしゃると思うんです。

そんな方に無理に前向きな言葉をかけることなんて、できません。無理に前向きになんてなる必要もないと思うんですね。

ただ、世の中にはそういう自分の辛い辛い過去の経験を人のために役立てている方もいらっしゃいます。人の心の痛みもその人がどんな気持ちで今苦しんでいるのかも、本当は他人にはわからないものだと思うんです。

もし、その人の気持ちをわかってあげられる人がいたとすれば、それはやっぱり同じような経験をされた方なんじゃないかなと。

その苦しんだ経験は辛く悲しいものだったとしても、その時の経験が、誰かのことを心からわかってあげられる人に自分をしてくれるのかもしれません。

人は自分を本当にわかってくれたと思った時に、安心するし、気持ちが楽になるし、救われるのだと・・・思うんです。

本当に苦しんでいる人を心からわかってあげられるのは、そして、そんな人を救ってあげられるのは、やっぱり、自分自身も同じ体験をした人なのかな・・・と私は思います。