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何かを得れば何かを失う

人は、何かを得ると、何かを失う・・・これは真実だと思うんです。

例えば、戸建てを購入します。家は手に入りますが、賃貸の時のいつでも引っ越しできるという自由であったり、移り住める自由を失います。

お金も失います。頭金であったり、住宅ローンがあるためです。

でもこの逆もまた真実のようです。それは「何かを手放せば何かを得ることができる」ということです。

先ほどの住宅の例だと、家を手放せば、自由が手に入ります。また、新たな家を建てるという夢も手に入ります。

これは住宅を例にしただけで、他の物事にも同じことが言えそうです。だから、何かを得ようと思ったら、得ることよりも「手放すこと」「捨てること」を意識した方が良さそうです。

執着していることを捨てれば捨てるほど楽になれる

人生も折り返し地点を過ぎたら捨てることを意識した方がいい・・・そうある本で読んでなるほど・・・と思ったことがあります。

若い頃は得ることに一生懸命だったと思うし、それでよかったと思うんです。でも人生折り返し地点を過ぎた後は、今度は捨てることを意識した方が良さそうです。

一番捨てたいのは執着していることです。

「~であるべき」「~でなくてはならない」というのは執着している証拠なので、自分の中で「~べき」「~ならない」と思っていることを見つけていってそれをどんどん捨ててゆく。

そうすることで自分がどんどん楽になれそうです。

何故なら、執着は自分を苦しめるから。例えば、「人に会ったら笑顔で挨拶しなければならない」と思っていたとします。「ならない」が付いているからこれも執着です。

すると、笑顔で挨拶しない人にイライラしてしまう。また、自分に対しても常に厳しくプレッシャーをかけることになります。

でも、人にも気分の波があったり、何かあって笑顔で居れない時だったあるわけで。だから、その執着を捨ててしまって、「笑顔で挨拶できればいいけど、そうできない時もある」位に思ってしまう。

すると、他人にも優しくなれるし、自分も楽になれる。

執着やこだわりって、自分も他人も苦しめていたのかもしれません。

何かを失うことは何かを得たということ

何かを得れば何かを失う・・・この逆のこともまたあると思うんです。

何かを失うことは何かを得たということ・・・だと私は思うんです。何かを失うというとわかりにくいかもしれませんが、例えば、孤独について考えてみます。

孤独になって失っうものは沢山あると思うんです。友人との楽しい時間であったり、家族との大切な時間・・・etc。

孤独の辛さを語らせてください。私はきっと一晩中でも話していられます(笑)勿論、ここでそんなことはしませんけど・・。

何年も本当に本当の一人だったことがあって、それは本当に辛かったです。

でも、私はそうやって孤独というものを味わって失ったものもその時は多かったけれども、得たものもあると思っています。

私は自分がそういう体験をしたことで、人に対して、少しだけ優しくなれた気がしています。

私は孤独を何年間も味わう中で自分の中でとがっていた部分がどんどん嫌でも削られていったように思います。

それは決して楽しいことでもなんでもなかったけれど、私は孤独というものを体験したことで今は少なくとも同じような立場にいる方の気持ちがわかるようになりました。

さらに私はその経験があって、このサイトを立ち上げることにしました。そして、今、あなたに読んでいただいている・・・とても嬉しいことです。

だから、私は失っただけではなくて、同時に得ていたんだと思うんです。